「フルートの為の毎日練習」はモイーズを初めとして、タファネル・ゴーベール、ガリボルディ等の名人達によって数多く書かれている。いずれも完璧なものであるが、全部の調の音階と分散和音を含んでできているために、次々と調が変わり、難渋な上に無味乾燥をきわめ、相当のテクニックを持っていてしかもなお、よほど根気のある人でないと毎日指定通り練習することにたえられない。
しかし、そのような機械的練習はどんな楽器においても初歩から始めることが望ましいのである。
「ピアノのハノン」として知られているCharles Louis Hanon ( 1820〜1900 ) が書いた「ピアノの名手になるための60の練習曲」は初歩からでも始めることができるので現在でも毎日の練習としてピアノを学ぶ人たちに非常に広く用いられている。この「ハノン」はもちろん音階を主として作られているが、半音階以外のあらゆる音の組み合わせを含んでいるので、自分の欠点をすぐ見付ける事ができ、トリルの基礎練習にもなり、その上合理的運指の修得にも有効である。それに、それほど無味乾燥でないことと、毎日一つの調だけ練習できるのでほんとうの初歩の人にも始められる事が何にも増してこの練習曲の長所である。
私もこの「ピアノのハノン」の一部を自分のフルートの練習のためにいつも利用して来たが、今度これを全面的にフルートのために書き改めてクラブ配本に加え、また、アルテフルート教則本の副読本として出版しようと考えたのである。
原曲のピアノのためのものは60曲でできているが、そのうちピアノのテクニックだけのものを除いて全部で36曲とした。
この本が勉強中の諸君にいくらかでも益するところがあれば幸いである。
昭和41年9月30日 比田井 洵